中毒起因物質の実用的分析法 ブロムワレリル尿素

ブロムワレリル尿素

・簡易分析法
  呈色反応.試料:尿,胃内容液.検出下限:10μg/ml.
・機器分析法
  HPLC法.試料:血液1ml.検出下限:0.05μg/ml.
・重篤な症状(昏睡)の出現する血液中濃度:>50μg/ml.

商品名(成分名)
 1) 医 療 薬
  ・ブロバリン末,錠(ブロムワレリル尿素)
  ・ブロムワレリル尿素末(ブロムワレリル尿素)
 2) 一 般 薬
  ・リスロンS(ブロムワレリル尿素)
   ウット(ブロムワレリル尿素,アリルイソプロピルアセチル尿素,塩酸ジフェンヒドラミン)
  ・ナロン錠(ブロムワレリル尿素,アセトアミノフェン,エテンザミド,無水カフェイン)ほか多数

 1. 概   要
 ブロムワレリル尿素(ブロバリン,bromisovalum,α-bromoisovalerylurea,bromvalerylurea)は,古くから催眠鎮静剤として用いられており,医療薬として処方されるだけでなく,催眠鎮静薬や解熱鎮痛薬,鎮うん薬の成分として配合され,一般薬(OTC薬)としても販売されている.入手の容易さから,現在,ブロムワレリル尿素による中毒は,わが国の代表的な薬物中毒の一つである.
 (財)日本中毒情報センターへの問い合わせ件数は,2000年に76件1),2001年に70件2),科学警察研究所資料3)による中毒死者数は,1999年に37人,2000年に42人(多剤同時摂取を含む)となっている.

 2. 簡易検査法4)
 ブロムワレリル尿素は,そのアルキル化剤としての性質を利用して,ニトロベンジルピリジン法により簡便な操作で検出できる.検査試料としては胃内容液あるいは尿1mlを用い,10μg/ml以上の濃度で検出可能である.ただし,この方法は有機リン系農薬でも陽性となるので,必ずコリンエステラーゼ活性値が低下していないかを確認する必要がある.

 3. 機器分析法
 ブロムワレリル尿素の測定法にはGC5~7),GC/MS8),HPLC9,10),LC/MS11~13)法があるが,本薬物は熱に不安定で,現在汎用されているキャピラリーカラムを用いたGC法では分析が困難である.そこで,HPLCを用いた方法が一般的に用いられている.本稿では,ブロムワレリル尿素を血液から測定するための2種の抽出法と,HPLCによる分析法について紹介する.
 【前処理方法】
 (1) 試薬と調整
  ① ブロムワレリル尿素(日本新薬(日局),和光純薬)をメタノールに溶解し,1mg/mlの標準溶液を作成する.
  ② フェニトイン(内部標準物質,和光純薬)をメタノールに溶解し,1mg/mlの標準溶液を作成する.
 (2) エキストレルートカラムによる抽出
  ① 遠沈管に試料(全血,血清)0.2~1ml(or g)に蒸留水を加えて1mlにしたものと,内部標準物質であるフェニトインのメタノール溶液(1mg/ml)5μlおよび1mlの0.01M塩酸を加える.
  ② ボルテックスミキサーで10秒間攪拌,2,500回転,10分間遠心分離する.
  ③ エキストレルート(Merck, Darmstadt, Germany)2.0gを内径15mm,長さ15cm程度のガラスカラムにつめる*2.
  ④ ③で遠心した上清をエキストレルートカラムに添加し,20分ほど放置する.
  ⑤ 酢酸エチルエステル7mlで溶出し,窒素気流下で溶媒を留去する.
  ⑥ 残渣をHPLCの移動相100μlに溶かし,10μlをHPLCに導入する.
 (3) 液液抽出法による抽出
  ① 遠沈管に試料(全血,血清)0.2~1ml(or g)と内部標準物質であるフェニトインのメタノール溶液(1mg/ml)5μlおよび試料と同量の0.1M塩酸を加える.
  ② tert-ブチルメチルエーテル3mlを加え,ボルテックスミキサーで2分間攪拌する.
  ③ 2,500回転,10分間遠心分離する.
  ④ 有機層をクリーンな試験管に移して,窒素気流下で溶媒を留去する.
  ⑤ 残渣をHPLCの移動相100μlに溶かし,10μlをHPLCに導入する.
 【分析条件】
  装   置:Hewlett Packard 1090M HPLC system
  カ ラ ム:逆相系カラム(CAPCELL PAK C18 MG,長さ250mm×内径3mm,粒径5μm,資生堂)
  移 動 相:アセトニトリル/8mM
        KH2PO4液(35:65,v/v)*3
  検出波長:210nm
  流   速:0.8ml/min
  カラム温度:40℃
 【分析結果】
 図1に,エキストレルートで抽出した全血試料のクロマトグラムを示す.ブロムワレリル尿素は3.77分に,内部標準物質のフェニトインは6.22分にシャープなピークを示し,妨害ピークは認められない.検量線は0.1~10μg/sampleの範囲で良好な直線性を示す.検出下限界は,血液1mlを用いたとき0.05μg/mlで,回収率は約60~80%である.
 図2に,ウットを服用後死亡した人の血液抽出物のクロマトグラムを示す.ブロムワレリル尿素のピークの他,5.1分にアリルイソプロピルアセチル尿素のピークが認められる.

 4. 症   例14)
 症例1 22歳,男性.前日夜,市販の催眠鎮静薬リスロンを216錠(ブロムワレリル尿素21.6g)服用し,午後4時30分ICUに搬送された.来院時意識レベル200(JCS).血液中ブロムワレリル尿素濃度は88μg/gであった.微温湯6lにて胃洗浄を行い,ICU入室2時間後より血漿灌流を施行したが,施行中循環動態に大きな変化はなく,意識レベルにも変化は認められなかった.ICU入室2,6,21時間後のブロムワレリル尿素の濃度はそれぞれ83,56,19μg/gで,来院から約36時間後には意識清明となった.
 症例2 19歳,女性.前日夜,市販の催眠鎮静薬リスロンを120錠(ブロムワレリル尿素12g),ウットを48錠(ブロムワレリル尿素4g,アリルイソプロピルアセチル尿素2.4g,塩酸ジフェンヒドラミン0.4g)服用し,午後1時20分ICUに搬送された.来院時意識レベル300(JCS),血液中ブロムワレリル尿素濃度は103μg/gであった.微温湯23lでの胃洗浄および強制利尿を施行し,来院から約24時間後には意識レベルは清明となった.ICU入室2,9,19,32時間後のブロムワレリル尿素の濃度はそれぞれ98,57,23,3.3μg/gであった.

 5. 血中濃度と重症度
 血中ブロムワレリル尿素濃度と意識レベルの関係は,100μg/g以上で300(JCS),50~100μg/g前後で100~200(JCS),35μg/g前後で30(JCS),25μg/g前後で10(JCS),3.5μg/gで清明と報告されている14)
 ブロムワレリル尿素の極量は1回2g,1日3gであり,経口成人中毒量は6g,経口成人致死量は20~30gといわれている.致死量のブロムワレリル尿素を服用した際の最高血液中濃度は,これまでの報告から100μg/ml以上と思われるが,本薬物は代謝が早いため,明らかにブロムワレリル尿素による中毒死であると考えられる場合でも血液中濃度がそれほど高くないことがある.ブロムワレリル尿素による中毒死と判断されたときの死体血中ブロムワレリル尿素のレベルについては,単剤では菱田らの44.0~93.8μg/ml15),間口らの67~134μg/ml16),小嶋らの114μg/ml17)などの報告があり,一方,他剤と併用した場合は,寺田らの37μg/ml18),松原らの23.6μg/ml19),屋敷らの31.5,40.8μg/ml20)などの報告がある.

 6. 体内動態21)
 経口摂取されたブロムワレリル尿素は,消化管から速やかに吸収され,効果発現時間は20~30分である.肝臓で代謝され,代謝物の生成とともに臭素を遊離する.分解が早く,速やかに血液中濃度が減少する.ただし,本薬物は大量に服用すると,酸性胃液中で不溶性の塊を形成することがあり,その結果,持続的に薬剤の吸収が起こることがある.代謝によって遊離した臭素は,塩素と同様全身に分布し,長期間服用すると臭素の中毒症状が現れる.排泄は主に尿から行われる.

 7. 臨床所見21)
 症状は,ブロムワレリル尿素自体のほか,臭素および活性代謝産物の濃度に影響され,それらは時間の経過や1回摂取か連続摂取かによっても変わってくる.したがって,症状と原因物質との関係をはっきりさせるのは容易ではない.
 重症例での臨床症状としては,意識障害や急性循環不全が認められ,意識障害が高度の場合には,舌根沈下や呼吸抑制が生じて死にいたる.また,吐物による窒息や嚥下性肺炎の合併に注意する必要がある.ブロムワレリル尿素の服用量が多い場合には,X線透過性が悪いので腹部単純X線で薬剤の塊が写ることがある.

 8. 治   療21)
 ブロムワレリル尿素と臭素の両方を考慮に入れる必要がある.アセトアミノフェンを含有する場合は,これにも注意しなければならない.ただし,1回摂取の急性中毒の場合,臭素が問題となることは少ない.
 胃内に錠剤や粉末が多量に残存している場合が多いので,胃洗浄などの初期治療を忠実かつ確実に行う必要がある.また,吸収されたブロムワレリル尿素の排泄促進には強制利尿が効果的である.致死量以上を服用した場合や,保存的治療にもかかわらず,臨床症状が悪化する場合には,活性炭血液吸着法や血液透析などの血液浄化法を行うこともあるが,中枢神経抑制だけならば,気道の確保を中心とする保存的対症療法を行う.慢性の臭素中毒の治療に塩化物を投与する方法もある.

 文 献
1) (財)日本中毒情報センター:2000年受信報告.中毒研究 2001;14:145-64.
2) (財)日本中毒情報センター:2001年受信報告.中毒研究 2002;15:195-225.
3) 科学警察研究所:薬物による中毒事故等の発生状況,科警研資料第43報2001,第44報2002.
4) 広島大学医学部法医学教室:ブロムワレリル尿素.薬毒物の簡易検査法,じほう,2001,pp109-11.
5) Kumazawa T, Seno H, Suzuki O:Rapid isolation of Sep-Pak C18 cartridges and wide-bore capillary gas chromatography of bromisovalum. J Anal Toxicol 1992;16:163-5.
6) Okada H, Ohashi K:Highly sensitive determination of bromvalerylurea in human blood by gas chromatography after derivatization. Jpn J Forensic Toxicol 1998;16:25-33.
7) 岡本郁代,近末文彦,宮崎哲次,他:GCおよびGC/MSによる生体試料中薬毒物スクリーニングのためのExtrelutカラム抽出-アセトアミノフェン,エテンザミド,ブロムワレリル尿素含有製剤中毒死例-.日法医誌1985;39:386-91.
8) Kokatsu J, Yomoda R, Suwa T:Selected ion monitoring for the determination of bromovalerylurea in human plasma. Chem Pharm Bull 1992;40:1517-19.
9) Miyauchi H, Ameno K, Fuke C, et al.:Simultaneous determination of bromvalerylurea, bromodiethylacetylurea, and allylisopropylacetylurea in serum and urine by high-performance liquid chromatography with a multiwavelength UV detector and thin-layer chromatography. J Anal Toxicol 1991;15:123-5.
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13) Higuchi T, Kogawa H, Satoh M, et al.:Application of high-performance liquid chromatography/mass spectrometry to drug screening. Am J Forensic Med Pathol 1996;17:21-3.
14) 岩崎泰昌,奈女良 昭,岡林清司,他:急性ブロムワレリル尿素中毒の3例-血中濃度と意識レベル-.中毒研究 1998;11:275-9.
15) 菱田 繁:ガスクロマトグラフィーによる眠剤の証明に関する法医学的研究.日法医誌1968;22:577-617.
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17) 小嶋 亨,屋敷幹雄,竹岡高峰:ECD-GCによる組織中ブロムワレリル尿素の定量.日法医誌1976;30:365-7.
18) 寺田 賢,吉村三郎,山元俊憲,他:焼死を疑わせた死体中からのAmobarbital, bromvalerylurea, levomepromazineの検出例について.日法医誌 1981;35:456-61.
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21) 内藤裕史:ブロムワレリル尿素,臭化物.中毒百科,南江堂,2001,pp343-8.

この記事についての問い合わせ先:九州大学大学院医学研究院法医学 工藤 恵子
E-mailアドレス:kudok@forensic.med.kyushu-u.ac.jp