中毒起因物質の実用的分析法 アセトアミノフェン
アセトアミノフェン
・簡易分析法
呈色反応.試料:血清,尿0.1ml.検出下限:血清10μg/ml,尿20μg/ml
・機器分析法
UV検出HPLC法.試料:血清1ml.定量下限:0.01μg/ml
・肝障害の重症化を予測できる血中濃度範囲:1μg/ml~1,000μg/ml
1. 概 要
アセトアミノフェン(N-Acetyl-p-aminophenol,別名パラセタモール,以下APAP)は1876年に米国で合成され,その後フェナセチンの主要活性代謝物であることが明らかにされた.1960年には一般薬として販売され,現在最も繁用されている解熱鎮痛薬の一つである.2002年1月の段階で,日本ではAPAPが含有される医療薬は45品目,一般薬は1,540品目が存在する.医療薬は,原末,顆粒,カプセル,錠剤,シロップ,坐剤0があり,APAPの最大含有量は200mg,一般薬では多剤との配合製剤が多く,最大300mgが含有されている.また,2000年9月からは米国で普及しているAPAP単一製剤「タイレノール」が市販されている1).
また,日本中毒情報センターの2001年受信報告2)によると,医薬品中毒8,881件のうちAPAPに関する問い合わせは652件(7.3%)であり,この内訳は,医療用解熱鎮痛消炎剤50件,医療用総合感冒剤21件,一般用解熱鎮痛薬119件,一般用感冒薬462件であった.
APAP中毒では,血中濃度から肝障害の重症度が推定され3),治療方針の判断材料が得られることから,グルホシネート含有除草剤中毒と並び,臨床現場において迅速な定量分析体制を確立しておきたい中毒である.
2. 簡易検査法(呈色反応)4)
APAPを加水分解によってp-ニトロフェノールとしたあと,アンモニアの存在下o-クレゾールによってアゾ色素を生成する反応を利用したインドフェノール反応によって30分程度で血清中濃度10~300μg/mlの範囲で定性とおおよその定量が可能である.尿試料では検出下限が20μg/mlとなる.注意点として,APAP以外にもp-アミノフェノール,アニリン,硫酸p-メチルアミノフェノールなど芳香族アミンと反応することが確認されている.また,本法を改良した迅速検査キットが関東化学より販売されている.
3. 機器分析法
生体試料を用いたAPAPの分析法は,HPLC5~21),GC22),GC/MS23),LC/MS24,25),キャピラリー電気泳動法26,27)など沢山の報告があり目的に応じて選択できる.加えて,臨床現場でよく利用されているものには,蛍光偏光免疫測定法(TDX/FLX,ダイナボット社)があり,APAPに限定した定量分析法としては有用である.今回紹介する分析法は,①APAP以外にもアスピリン,サリチル酸,フェナセチン,エテンザミドが同時分析できること,②急性中毒患者の治療にあたる施設の機器保有状況から実用的な測定方法として選択した.あくまでも他の分析法に勝るというものではないことを留意していただきたい.また,この液・液抽出操作はGC/MS分析23)に適応することも可能である.
【前処理方法】
1) 血清1mlに内部標準物質(1,000μg/mlのN-Acetyl-o-aminophenolメタノール溶液)を10μl加える.次にアセトンを1ml加え,ミキサーで混合後に遠心分離(3,000rpm,2min)して除蛋白する.
2) 遠心分離で得られた上清を分取し,0.2N酒石酸(pH1.0)1mlを加える.次に,酢酸エチル3mlを加えた後によく振とうし,酸性薬物を酢酸エチルで抽出する.
3) 酢酸エチル層を分取し,減圧下40℃で乾固させる(窒素気流により乾固してもよい).
4) 残渣を移動相あるいはメタノール1mlに溶解し,その10μlをHPLCに導入する.
【分析条件】
装 置:LC-10ADVPポンプ,CTO-10ACVPカラムオーブン,SPD-M10AVPダイオードアレイ検出器,SIL-10ADVPオートサンプラー,CLASS-VP解析ソフト(島津製作所)
カ ラ ム:Inertsil ODS-2(内径4.6mm,長さ150mm,粒径5μm,GLサイエンス製カラム)
移 動 相:100mM過塩素酸ナトリウム(pH2.5)/メタノール/アセトニトリル(149/42/9:v/v/v)
カラム温度:40℃
移動相流速:0.8ml/min
定量波長:245nm
特徴 1検体の分析所要時間は約50分.検量線の定量下限は,HPLC注入量で100pg(血中濃度0.01μg/mlに相当),S/N=5としたときの検出限界は50pg(血中濃度0.005μg/ml)と微量域まで分析可能である.標準血清に1.0μg/mlとなるよう添加したAPAPの平均回収率は98.8±1.1%(n=5)と良好である.このHPLC条件は,図1に示すようにAPAP,アスピリン,サリチル酸,フェナセチン,エテンザミドを一斉分離できる.これら薬物を標準血清に1μg/mlとなるよう添加した平均回収率も95%以上(n=5)と良好である.また,図1には本分析条件のAPAPのUVスペクトルも示した.
4. 症 例
22歳,女性.仕事上の悩みから自殺目的で新ルルA錠(1錠にAPAP100mg含有)を70錠(APAP 7g相当量)服用.訪ねてきた知人が救急車を要請し,4時間後に救急外来を受診した.来院時,意識清明で特記すべき所見はなかった.体重は53kgであり,APAPの服用量は140mg/kgと計算された.成人では,150~250mg/kgが1回の摂取で重篤な肝毒性を生じる閾値とされており,解毒剤の投与が勧められる境界値であった.そこで,血中APAP濃度の分析結果から解毒剤(N-アセチル-L-システイン)の投与を判断することとした.
図2に,服用4時間後の患者血清から得られたクロマトグラムを示す.APAP,ISのピークは血清抽出物から良好に分離されている.
血中APAP濃度の4時間値は69.6μg/mlとRumack-Matthew nomogram28)からは治療ライン未満であり,解毒薬の投与はせずに経過観察となった.その後,服毒10時間の血中APAP濃度は18.1μg/mlと直線的な濃度低下が見られ(図3),肝障害を疑う所見もみられず,第3病日には退院となった.
5. 毒性と中毒症状29,30)
APAPは,成人で150~250mg/kgが1回の摂取で重篤な肝毒性を引き起こす閾値といわれ,350mg/kgではほぼ100%で重篤な肝障害を起こすとされる.そして,経口での致死量は13~25gと報告されている.また,10~12歳以下の小児ではAPAP代謝でシトクロムP-450酵素系の関与が少ないことから,成人よりも肝毒性が発現しにくいといわれている.消化管から吸収されたAPAPのほとんどは,肝臓において硫酸抱合とグルクロン酸抱合を受けて尿中へ排泄される.しかし,一部が肝臓のシトクロムP-450酵素系により,毒性本体であるN-アセチルパラベンゾキノニミンとなる.この物質は,肝細胞中のグルタチオンによって解毒されるが,大量のAPAP服用によって,N-アセチルパラベンゾキノニミンが増加すると,グルタチオンが枯渇し,解毒されなかったN-アセチルパラベンゾキノニミンが細胞蛋白の高分子化合物と結合して肝細胞の壊死を引き起こす.
6. 体内動態,血中濃度と重症度
APAPは消化管から速やかに,かつ完全に吸収される.薬用量を飲んだ場合では60分以内に,中毒量の場合でも4時間以内に最高血中濃度が得られる.この4時間後の血中濃度から,肝障害の重症化を推定できるのが,Rumack-Matthewによって1975年に発表されたノモグラム3)であり,図3で用いたものは,その後に症例を増やして改良されたものである28).服毒4時間以降の2点以上で血中濃度の推移をみれば,血中消失動態を評価することも可能である.また,APAPの服毒量はその信憑性,嘔吐,治療による未吸収薬剤の排除・吸収阻止により,血中濃度の指標とはなり難い場合があり,迅速な血中濃度分析に基づいた治療が理想的である.
7. 臨床所見29,30)
初期症状としては,悪心,嘔吐,代謝性アシドーシス,過呼吸,全身倦怠感,発汗,体温低下などがみられるが,大量服用にもかかわらず無症状の場合もある.1~3日後に肝機能の異常が現れ,黄疸,出血傾向,肝障害(ビリルビン,アルカリホスファターゼ,血清トランスアミナーゼの異常)が認められる.大量服毒では3~5日後に肝壊死の状態となり,黄疸,低血糖,脳症などが現れ,急性肝壊死では重篤な凝固機能異常がみられる.
8. 治 療
急性中毒の初期治療としては,胃洗浄,活性炭および下剤の投与を行う.さらに特異的解毒薬として,肝障害予防のためにN-アセチルシステインを投与する.APAP過量摂取時には,グルタチオンの枯渇が予想されるため,細胞内に吸収されにくいグルタチオンの代わりに,その前駆体であるN-アセチルシステインを投与して肝障害の予防を行う.2002年の6月7日付けで,アセチルシステイン内服液「センジュ」(千寿製薬)20mlアンプルがAPAP中毒の解毒剤の適応で薬価基準収載となっている.血液透析や血液灌流,強制利尿に関しては,現在のところ有効とはされていない31,32).
文 献
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