・簡易分析法

  血清コリンエステラーゼ活性値、薄層クロマトグラフィー法(検出下限:0.02~10 g) 

・機器分析法

  GC/MS法.試料:血清、尿、胃内容液 2 mL.検出下限:5~50 ng/mL. 

 商品名(成分名)1, 2)

 バッサ® (フェノカルブ、BPMC)
 ミプシン® (イソプロカルブ、MIPC)
 メオバール® (キシリルカルブ、MPMC)
 ツマサイド® (メトルカルブ、MTMC)
 デナポン® 、ナック® 、セビン® 、セビモール® 、ミクロデナポン® (カルバリル、NAC)
 サンサイド® (プロポキシル、PHC)
 マクバール® (XMC)
 ランブリン® (アラニカルブ)
 アリルメート® (エチオフェンカルブ)
 バイデート® (オキサミル)
 アドバンテージ® 、ガゼット® (カルボスルファン)
 ラービン® 、ラービンベイト® (チオジカルブ)
 ピリマー® (ピリミカーブ)
 タト® (ベンダイオカルブ)
 オンコル® (ベンフラカルブ)
 ランネート® (メソミル)
 デルタネット® (フラチオカルブ)

 注意すべき配合剤3)

 クサノンA乳剤® 、クサダウン乳剤® 、ワイダック乳剤® 、ネコソギ乳剤® (カルバリル5%+プロパニル25%)
 ワイダック水和剤® (カルバリル10%+プロパニル50%)

 1. 概   要

 カーバメート剤は、カラバル豆の成分で、カーバメートの一種であるフィゾスチグミンにヒントを得て殺虫剤として使われるようになった。カーバメート剤は有機リン剤と同じくコリンエステラーゼ(ChE)阻害作用によって毒作用を現す。製剤は希釈して散布する乳剤、水和剤とそのまま散布する粉剤があり、乳剤は農薬成分以外に有機溶剤と界面活性剤を含有するため、これらの毒性にも注意が必要である。 
 2002年度における(財)日本中毒情報センター(JPIC)への問い合わせ件数は農薬用品949件中カーバメートおよびその合剤は74件、家庭用品23,817件中カーバメート含有殺虫剤が23件をしめていた4)。また、JPICと科学警察研究所の過去のデーターによれば、中毒事故の化合物別頻度ではメソミルが多い1, 5)。加えてカーバメート剤カルバリルと酸アミド系除草剤プロパニルの配合剤(クサノンA®など)の中毒は多彩な症状が出現することから生産量が少ないわりにJPICへの問い合わせ件数が多い農薬である3)。 
 日本中毒学会分析のあり方検討委員会による"薬毒物分析の指針に関する提言" 6)の中で、カーバメート剤の位置づけは①分析頻度は多くはないが②中毒死者が多く、③分析により解毒・拮抗剤投与が判断される中毒とされる。そしてカーバメート剤と有機リン剤は、解毒剤プラリドキシム(PAM)の適用が異なることから、この両者の定性分析は治療法を決定する上で重要である。 

 2. 簡易検査法

 医療機関においてカーバメート剤あるいは有機リン剤を推定する検査としては血清ChE活性値の検査が最も現実的である。カーバメート剤とChEの結合は離れやすいので、採血後は迅速に測定する1)。また、カーバメート剤の定性試験には薄層クロマトグラフィー法7)が報告されている。検出下限は化合物により異なり0.02~10 g。アゾ色素形成反応に関係しないメソミルは50 gでも反応しない。 

 3. 機器分析法

 カーバメート剤と有機リン剤の定性分析が治療方針の決定上で重要なことは概要で触れた。従って分析法はこの両者を一斉スクリーニングできることが望ましい。「分析が有用な中毒起因物質の実用分析法 その6 有機リン系農薬8)」では、定性能力に優れるGC/MS法2)を用いたが、カーバメート剤においても本法が適用可能である。 
【前処理方法】 
液-液抽出2) 
 ① 試料2mlに精製水3mlを加えて攪拌する。 
 ② フェニトロチオン-d6体(内部標準物質; IS)を10 g添加する。 
 ③ 1.2M塩酸を加えてpH3.5に調整する。 
 ④ n-ヘキサン8mlを加え、10分間振とうする。 
 ⑤ n-ヘキサン層を新しい試験管に移し、n-ヘキサンを留去する。 
 ⑥ 残査をn-ヘキサン100 lに溶解し、その2 lをGC/MSに注入して分析する。 

【分析条件】 
装 置:GC-17Aガスクロマトグラフ/GCMS-QP5050AHP-5973 質量分析計(島津製作所) 
カラム:HP-1MSあるいはHP-5MS溶融シリカキャピラリーカラム(15m×0.25mm i.d.,膜厚0.25m, Agilent Technologies) Technologies) 
カラム温度:50℃(3min)-15℃/min-280℃(3min) 
キャリアガス:He(1.5ml/min)、スプリットレスモード2μl注入 
注入口温度:250℃ 
検出器温度:280℃ 
イオン化法:EI 
検出質量範囲:m/z50~500 
 図1に12種類のカーバメート剤をHP-1MSキャピラリーカラムで分離したGC/MSクロマトグラムを示す。 

 本法はカーバメート剤及び有機リン剤を一斉スクリーニングしながら同定ができることに価値がある。カーバメート剤は酸、アルカリ、熱で分解し易いものがあり、定量分析を行う場合はHPLC法9)やLC/MS法10)を選択するとよい。
 本法でSIMモードを用いたカーバメート剤の検出限界(S/N比=5)は化合物によって異なるが注入試料濃度50~100ng/mL前後である。また、一斉分析法は対象成分の平均的な性質にあわせて広範囲なスクリーニングを行う目的上、カーバメート剤及び有機リン剤の全てについて高い回収率が得られるとは限らない2)。しかし救急医療現場で遭遇する症例の多くでは、胃内容物から高濃度の農薬が検出されるため、現実的な定性分析として本法の有用性は高い。定性ができれば、最適条件で定量分析を行えばよい。ISは相対保持係数を用いた対象化合物ピークの確認に有用である。表に12種類のカーバメート剤と商品名、保持時間、フラグメントイオンを示す。
 尚、メソミルとプロパニルの配合剤も本法で定性が可能であり、HPLC法11, 12)を用いれば一斉定量分析できる。 

 4. 症例13)

 83歳、男性
 自宅作業小屋で物音がして、家人が行ってみると患者が倒れており、直ちに救急隊により著者の勤務する救命救急センターへ搬送された。患者の周囲にはハクサップ®(有機リン剤;マラチオン)、ランネート®(カーバメート剤;メソミル)、ハイテンA®(展着剤;ポリオキシエチレンアルキルアルコール)がいずれも開封されている状態で発見され、ランネート®の粉末のみが患者周囲に散乱していた。
 来院時、開眼はあるものの、痛み刺激に全く反応せず、呼吸40回/分、血圧196/131mmHg、脈拍123bpm、瞳孔径は1mmで左右同大、流涎、筋繊維束攣縮を認めた。血清ChE値は2IU(当院標準値7~19IU)と低下していた。直ちに気管内挿管下に胃洗浄し、活性炭および下剤を投与後、ICUに入室した。
 臨床所見と血清ChE値より、マラチオンかメソミル、あるいは混合服毒による中毒が考えられ、双方に適用する硫酸アトロピンを持続静注した。そして直ちに胃内容物のGC/MS分析を行った(図2)。この結果からメソミル単剤の服毒が確認され、有機リン系農薬に適用のある解毒剤PAMの投与は行わなかった。
 第2病日には血清ChE値は8IUまで回復、第3病日には人口呼吸管理より離脱し、特に合併症をみず第7病日に退院した。 

 5. 体内動態・毒性1)

 いずれの化合物も消化管、肺から速やかに吸収され、肝臓で代謝を受け、尿中へ排泄される。
 カルバミル基がChEと結合して、その活性を失わせる結果、アセチルコリンが蓄積して中毒症状を現すメカニズムは有機リン剤と同じである。しかしカルバミル基はリン酸基と比べ、ChEとの反応が早く、中毒症状の出現が早い特徴を持つ。そしてカルバミル化されたChEはリン酸化されたChEよりも復元が早い。
 メソミル、オキサミル等のメチルカーバメート剤は、ChEを直接阻害するため、哺乳動物に対する毒性が非常に強い。そこで殺虫力は保持したまま哺乳動物に対する毒性を軽減するような誘導体、カルボスルファンやベンフラカルブが開発された。いずれも昆虫ではChE作用の強いカルボフランへ代謝されるが、ラットでは毒性の低いフェノール類へと代謝される。同様にチオジカルブはメソミルに代謝される。 

 6. 臨床所見1)

 蓄積したアセチルコリンによる副交感神経、交感神経(節前繊維)、神経筋接合部、中枢神経系の刺激症状が現れる。①ムスカリン様作用として縮瞳、視力障害、発汗、流涎、流涙、気道分泌物増加、気管支収縮、肺水腫、嘔吐、下痢、徐脈、血圧低下、心伝導障害等、②ニコチン様作用として筋繊維性攣縮、脱力、頻脈、血圧上昇等、③中枢神経系症状として頭痛、不安、振戦、運動失調、痙攣、昏睡、呼吸抑制が出現する。但し、有機リン剤と比べて発症、回復は一般的に早く、中枢神経への作用が少ない。また遅延性の末梢神経障害は有機リン剤ほど強くない。 

 7. 治療1)

 気道分泌物の増加、呼吸抑制に対して呼吸管理および循環管理を考慮する。胃洗浄、活性炭、下剤投与を行う。
 ムスカリン様作用に対して、拮抗剤である硫酸アトロピンを静注する。PAMはCH3NH基を持つカーバメート剤には結合できず無効とされる。更に動物のカルバリル中毒ではPAMは効果が無いばかりか、有害であった。一般的にカーバメート剤はChE活性の回復が早く、PAMを積極的に投与する理由は見当たらない。 

文 献

1) 石沢淳子:カーバメート系殺虫剤, 日本中毒情報センター編: 改定版 症例で学ぶ中毒事故とその対策. じほう, 東京, 2000, 186-190. 
2) 鈴木 修、屋敷幹雄 編:薬毒物分析実践ハンドブック.じほう.2002, p482-492. 
3)辻川明子:DCPA+NAC合剤, 日本中毒情報センター編: 改定版 症例で学ぶ中毒事故とその対策, じほう, 東京, 2000, 229-232. 
4)(財)日本中毒情報センター:2002年受信報告.中毒研究 2000; 15: 195-225. 
5)科学警察研究所編:薬物による中毒事故等の発生状況, 第38~43報. 科学警察研究所, 千葉, 1997~2001. 
6)吉岡敏治、郡山一明、植木真琴ら:薬毒物分析の指針に関する提言. 中毒研究12: 437-441, 1999. 
7)日本薬学会編:薬毒物化学試験法と注解. 南山堂, 東京, 1992, 350-352. 
8)奈女良昭, 工藤恵子, 堀 寧ら: 中毒起因物質の実用的分析法-その6- 有機リン系農薬. 中毒研究 16: 205-209, 2003. 
9)角田紀子:高速液体クロマトグラフィーによるN-メチルカルバメート系農薬の分析.法中毒ニュース 1985; 3(3): 33-34. 
10)Lacassie R, Marquet P, Gaulier J-M, et al. : Sensitive and specific multiresidue methods for the determination of pesticides of various classes in clinical and forensic toxicology. Forensic Sci Int 2001; 121: 116-123. 
11)堀 寧, 中嶋真理子, 藤澤真奈美ら:血清中Propanil, Carbaryl, 3,4-Dichloroanilineの固相抽出, HPLC-UV検出による一斉分析法. 薬学雑誌 122:247-251, 2002. 
12)一ノ木進, 滝戸奈津子, 藤井洋一ら:カラムスイッチング法を用いた自動逆相HPLCによる血清中および尿中のカルバリルとプロパニルの同時定量. 中毒研究 16:171-178, 2003. 
13)木下秀則, 広瀬保夫, 田中敏春ら:ガスクロマトグラフ質量分析法(GCMS)による物質同定が治療方針決定に有用だったカーバメート中毒の1例. 中毒研究 14:343-346, 2001. 

この記事についての問い合わせ先:新潟市民病院薬剤部 堀  寧 
E-mailアドレス horiy@xa3.so-net.ne.jp